世界の名画 ピサロ

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日本人作家
 佐伯祐三

印象派の父  カミーユ・ヤコブ・ピサロ  1830〜1903


ピサロは、パリ万国博覧会の美術展でコローやクールベの作品に感銘を受けたという。
特にコローの作品には感動したらしく、実際にこの先輩画家のもとを訪れたりもしている。
パリでは画塾アカデミー・シュイスに学び、そこでモネと知り合う。
1860年代にはパリ近郊のルーヴシエンヌ、ポントワーズなどで、モネ、ルノワールらとともに戸外にキャンバスを持ち出して制作した。
1870年には普仏戦争を避けてロンドンへ渡り、現地で落ち合ったモネとともにターナーらの作品を研究した。


印象派のリーダー
ピサロはポントワースのパン屋組合の規約をもとに画家のための民主的な組織を作り上げグループ展を主導した。温和で穏やかなピサロは人望が厚かった。
変人のセザンヌ、自己中心的ドガ、日曜画家のゴーガン等を印象派展に誘い込んだり、仲間の反対を押し切ってスーラやシャニックを印象派展に参加させたのもピサロだった。

作品はもっぱら庶民の生活風景や田園風景を好んで描いた。
セザンヌが明るい色使いで風景を描くようになったのもピサロとの交流のおかげだといわれている。

下の画像をクリックしてください。

ピサロ パリのイタリア人大通り

パリのイタリア人大通り
1897年
73.2x92.1cm

エヌリーからポントワーズのエルミタージュ地区
に至る階道上の乗合馬車

1877年
46.5x55cm


ピサロ 干し草の取り入れ ピサロ モンフーコーの池

干し草の取り入れ
1901年
51.5x64.7.cm


モンフーコーの池
1875年
73.5x92.5cm


ピサロ ポントワースの花咲く菜園 ピサロ ルーアン大橋

ポントワーズの花咲く菜園
1877年
65.5x81cm


ルーアン大橋
1896年
74.3x92cm

ピサロ 静物

静 物
1867年
81x99.6cm




ルヴェシェンヌの道
1886年
131x88cm

ピサロ パリのテアトル・フランセ広場

パリのテアトル・フランセ広場
1898年
73.6x91.4cm

ヴァワザン集落の入り口
1872年
46x55.5cm



羊毛をほぐす農婦
1875年
56x47cm

ポントワーズの四つ辻
1872年
55.8x91.5cm






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