遠近法になじんだ今日の私たちにとって、下の作品「ロランの聖母子」の風景表現は、ごく自然に見える。だが、この絵が措かれた15世紀において、このような奥行きと広がりをもった風景表現はきわめて革新的だった。
というのも、それまでの絵画では、地形的に高い場所は画面の上部に、低い場所は画面の下部に措かれる決まりだった。たとえば、平地に立つ人物の背景として川と山を描き入れるとしたら、低い地点に位置する川が画面下方に、川よりも高い地点に立つ人物が画面中央に、そして、人物よりも高い地点に位置する山が画面上方に描かれるというわけだ。さらに、画面のなかの上下は、モティーフの階級の高低にも一致しており、人間が神や聖人よりも画面の上部に描かれることはなかった。つまり、モティーフは画面上に水平の層をなすようなかたちで、地形の高低、階級の高低に応じて、平面的に並べられていたのである。しかし、この作品では主題の中央に川が流れており、遠くの山も手前の人物の顔のあたりにありやや見下ろすような構図となっている。
そして、もっと面白いのは画面中央の奥にいる二人の人物だ。何やら遠くを眺めているように見える。
この作品を観る者はロランと聖母子から中央の二人の人物へ、そして橋の上の野次馬へ、最後にその先の火事場へと絵の中に引き込まれてゆく。
緻密に計算された遊び心に思わず脱帽。